4/8 円通院

松島海岸駅から円通院方面へ向かって歩く。さすがは東北随一の観光地だけあって、4月の閑散期でも観光客で結構賑わっている。

@ 三聖堂
@ Sanseido

Sanseido
円通院の向かいに建つ歴史的建築物で、1682年(天和2年)の創建。創建以来、屋根以外の修理は行われていないそうだ。


敷地内では桜や梅などが咲き始めていた。松島にも本格的は春の訪れがやってきたようだ。


円通院前の雰囲気。この道を少し進むと左手に瑞巌寺がある。

@ 円通院
@ Entsuin Temple

円通院は臨済宗妙心寺派の寺院。拝観料は大人300円。伊達政宗の嫡孫(ちゃくそん)、伊達光宗の菩提寺である。光宗は幼少の頃から文武に優れ、その存在は江戸幕府にとって恐るべき逸材であったという。光宗は19歳の時に江戸城で早世し、その死因に関して毒殺説と病死説が伝えられている。

この石庭は「天の庭」と「地の庭」で構成されている。


円通院の境内にも桜が咲き始めていた。




三慧殿に向かって歩く。


Sankeiden
1646年(天保3年)建立の三慧殿外観。国指定重要文化財で、殿内は撮影禁止。殿内の霊屋は光宗の死を悼んだ伊達忠宗によって建立されたもので、厨子の図案には支倉常長が西欧から持ち帰った様々な文化を模様として描いた。そこにはダイヤやクローバー、ハート、スペードなどの模様が描かれている。
当時、鎖国制度を施行していた江戸幕府に対して、伊達家は三慧殿を霊廟と申し立て、その扉は350年もの間、開けることはなかったといわれている。


三慧殿右手には大きな洞窟群があり、様々な石碑や安置されている。これらの洞窟は約700年前に掘られたものだという。


これには歴史を感じずにはいられない。




円通院本堂「大悲亭」。光宗の死を悼んだ忠宗が1647年(天保4年)に解体・移築したもの。ここでは数珠作りの体験ができる。本堂手前の写真左側には西洋的なバラの庭園があり、仏教とキリスト教の要素を取り入れているらしい。


本堂のそばにある「遠州の庭」。伊達藩江戸屋敷の庭を移設したものと言われている。聞いた話では、紅葉の時期の景観が見事なのだそうだ。

自宅に帰ってから気がついたのだが、円通院を入ってすぐ左手にあった観音は、男性と女性、または今まで縁がなかった人を取り持つ縁結び観音だったようだ。

実はこうして書いたり、パンフレットを改めて読み返したりしてみると、訪れたときには気がつかなかったこと、思い出して「あぁ、そうだったんだ」と思うことが結構ある。この寺院に限ったことではないが、再び訪れる機会があれば、その時は、またこれらの景観や歴史的建築物に対し、違った見方ができることだろう。
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