4/8 浦戸諸島・寒風沢島

@ 寒風沢島 (さぶさわじま)
@ Sabusawa Island

Sabusawa Port
寒風沢桟橋で塩釜行きの市営汽船を見送る。寒風沢島の人口は約230人。浦戸諸島で最も大きな島で、江戸時代初期に港が開かれ、江戸時代中期には伊達藩の年貢米を江戸へ運ぶ港として栄えた。


Around Sabusawa Port
寒風沢桟橋の周辺には数軒の商店や民宿がある。


Public toilet
寒風沢桟橋の近くには鉄筋造りの公衆トイレがある。ここから寒風沢島の主な見どころを歩いて回る。


造艦の碑。1857年(安政4年)にこの地で日本初の西洋式軍艦「開成丸」が建造されたことを記念して建立された。


この付近には水底ケーブルが埋めてあるらしい。このような看板は初めて見た。


日和山展望台方面に向かって歩く。道路に入ってすぐの場所にコイン精米所がある。この島では米作が行われているようだ。


Around Hiyoriyama Observatory
日和山展望台入口付近。このあたりはかつて水田耕作が行われていたようだが、今はススキの原になっている。この島には車が走っている。

@ 日和山展望台
@ Hiyoriyama Observatory

View from Hiyoriyama Observatory
寒風沢桟橋から歩いて約10分で日和山展望台にたどり着いた。幾つかの島々が見える。


View from Hiyoriyama Observatory
寒風沢桟橋方面の眺望。こうしてみると家々が随分密集している。寒風沢水道を挟んで向かいの野々島までは150m程しか離れていない。対岸の高台に塩釜市立浦戸第二小学校・浦戸中学校が見える。


日和山展望台から草木が生い茂る歩道を通って砲台跡へ向かう。

@砲台跡

日和山展望台から5分ほど歩いて砲台跡へ。江戸時代末期、仙台藩が海岸防備のために大砲を設置していた場所の跡だ。


ここからも幾つかの島々が見える。


波が静かに打ち寄せる寒風沢海水浴場方面の眺望が中々良い。


神明社を経て寒風沢海水浴場方面へ歩く。道端に咲く桜が綺麗だ。


芸術的なカーブを描く道。この付近もかつては水田耕作が行われていたようだが、現在は畑作が中心。


あぜ道が残るかつての水田跡。このような水田跡があちこちに見られる。


自給自足用と思われる畑は小規模ながら所々で見られる。このような島では水を確保するのも中々大変なことだろう。
しかし、離島観光の魅力は、特出した観光名所がなくとも、このような自給自足的な生活風景が狭い範囲の中で数多く見ることができる点にあると思う。

@ 寒風沢海水浴場
@ Sabusawa Beach

Sabusawa Beach
砲台跡から8分ほど歩いた場所にある海水浴場。遠浅なので波が静かだ。海岸に公衆トイレはあるが、シャワーはないようだ。しかし、寒風沢桟橋からここまでは最短経路で歩いても20分近くを要する。


Moto-Yashiki Coast
寒風沢海水浴場から東の方向へ歩いた場所にある元屋敷浜。海岸線の地形が面白い。


元屋敷浜を眺めた後、寒風沢島の中央を貫く未舗装の直線道路を寒風沢桟橋に向かって歩く。約700mの直線道路で、浦戸諸島の中で最長の直線道路だと思われる。かつては道の両側が水田だったようだが、現在は大部分がススキの原になっている。島での水田耕作は中々大変だ。


直線道路が終わりに近づくと、右手に水田があり、稲穂を刈り取った跡が確認できた。


高台の道沿いに幾つかの桜が咲いていた。今まで来た直線道路を振り返る。地形を見る限り、平野部は大昔、海だったのかもしれない。


旧塩釜市立浦戸第一小学校は災害時の指定避難場所。浦戸諸島にある学校は津波災害などに備えている関係なのか、全て高台に位置している。

@ 六地蔵
@ Rokujizo

Rokujizo
その名の通り、道沿いの交差点に6体の地蔵が並んでいた。浦戸諸島のパンフレットによれば、六地蔵は地獄道、飢餓道、畜生道、修羅道、人道、天道を示しており、六道のある人に慈悲をたれる仏心を表現していると伝えられている。よく手入れされており、信仰の深さがうかがえる。

ここから8分ほど歩いて寒風沢桟橋に戻る。
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